『知ることと意識すること』
春の花というと、みなさんはどんな花を思い浮かべるでしょうか。
『キュウリグサ』という花をご存知ですか?
3~5月頃に咲く花で、道端や空き地、アスファルトの隙間、公園など身近なさまざまな場所で見ることができます。
花びらは淡い水色で、花の中心は黄色く、とても愛らしい花です。名前からは想像がつきにくい姿かもしれませんね。
『キュウリグサ』という名前の由来は、葉をもむとキュウリのようなにおいがすることにあるそうです。
ただ、これほど身近にある花ですが、あまり知られていないのではないでしょうか。
キュウリグサの花は2~3㎜程度ととても小さいのです。そのため、身近にはあるけれど
、なかなか気づかないかもしれません。
かくいう私も、『キュウリグサ』という花の存在を知るまでは、こんなに可愛らしい花に気づかずに
ずっと通り過ぎていました。しかし、花の存在を知ってからは、春は私の中ではキュウリグサの季節でもあり、
今ではすぐに見つけることができます。
意識すると、世界や日常の風景の見え方が変わります。
今まで見えていなかったものが、目に入るようになります。
それはカウンセリングでも同じです。
自分の体験や感情を言葉にしていくことで、今まで気づかなかった自分に気づくようになったり、
これまでとは違った見方や捉え方ができるようになったりします。
そうすると、自分自身が少しずつ変化していきます。
自分についてより深く知り、自分と向き合うことは、いつも新鮮で面白い体験になるとは限りません。
しかし、寒く厳しい冬を乗り越えて、春になると花が開くように、乗り越えたその先に、
必ず何か実りや得るものがあることでしょう。
Lear Moreアニメ・漫画の戦う女性とジェンダーについて
みなさんはアニメや漫画は好きですか?
アニメや漫画の影響力はとても大きく、個人にとっては心理的な支えになったり、癒しになったり、
元気づけられたりします。
No アニメ&漫画、No Life!の方もいらっしゃるくらいです。
かくいう私もその一人です。
今回はアニメ・漫画の中の戦う女性を取り上げて、ジェンダーについて考えてみたいと思います。
近年、ジェンダーによる差別をなくす動きは進んできています。
ジェンダーとは、社会的・文化的な「女らしさ」「男らしさ」であり、身を置いている社会・文化の中で求められる、
性別による役割意識です。
身体的な性別とジェンダーは分けて考えられます。
古いアニメ・漫画の中では、戦うキャラクターの性別は男性であることが多く、戦う男性主人公のアニメ・漫画は
男の子が観るものという風潮がありました。
戦う役割はもっぱら男性キャラクターが担い、女性キャラクターはその補助的な役割を当てられていました。
ところが、近年のアニメでは男性キャラクターも女性キャラクターもメインで戦う描写がみられます。
時には男性よりも強い女性キャラクターがメインで戦う主人公であることもあります。
1992年に漫画連載を開始した『美少女戦士セーラームーン』では、セーラームーンをはじめとする女性の戦士が戦い、
男性のタキシード仮面は戦闘というよりも主に精神的にセーラームーンを支える役割を担っています。
この作品の登場は鮮烈で、多くの人のジェンダー意識に影響を及ぼしたでしょう。
多くの女の子たちが夢中になる『プリキュア』シリーズが2004年に始まり、現在も続いています。
プリキュアも戦う役割をもった女性主人公たちの物語です。
ここまでくれば、戦う役割はもはや男女関わらず担うものと広く認識されていてもおかしくはないですね。
最近のアニメ・漫画では『葬送のフリーレン』のフリーレンが最強の女性キャラクターの一人だと思います。
とても魅力的な作品です。
アニメ・漫画の中の戦う強い女性キャラクターに憧れる人たちが獲得するジェンダーは、当たり前のように、
古いジェンダーとは違ったものになります。
世代間のジェンダー意識の差を埋めるためには、新しいアニメ・漫画を深く味わうことが役に立つかもしれません。
Lear Moreごほうびを上手に使ってできない行動⇒習慣に
2025年となりました。新しい年を迎えて、今年の抱負や、今年こそはこうだったらな、と思うことが
皆さん何かしら一つはあるのではないでしょうか。
しかし、そのようにして思い浮かぶことは、大体は去年も同じようなことを思っていたものであることとも
多いはずです。
これまで、新しい行動を獲得するための記事をいくつか書いてきましたが(行動活性化)、
行動を定着させるためには心理学の中では「ごほうび」が重要と言われています。
心理学の専門用語でごほうびは「強化」とか「強化子」と呼ばれており、
古くから、「新しい行動を定着させるための要因」として知られています。
強化には「自然な強化」と「意図的な強化」があると言われています。
自然な強化というのは、行動をすることによって自然にご褒美が得られることです。
例えば唐揚げを食べたらおいしい!とか、気になっていたマンガの続きを買ったらおもしろかった!とかです。
しかし、今年の抱負にするような行動というのは、大体がそのように自然な強化が
得られるものではないか(家の掃除とか“運動する”とか)、得られるとしても苦労の
果ての果てにご褒美がある(○○試験のために勉強する!とか)ものがほとんどです。
そのような自然な強化が得られない時には「意図的な強化」が有効です。
これは「○○ができたらご褒美にケーキを買おう」というもので、自分でご褒美を決めて準備をして、
自分をほめたり、甘やかしたりすることです。
このようなご褒美は何となく誠実じゃないと感じたり、ごほうびがなければやらなくなるような
気がして長期的には意味がないと感じるかもしれません。けれど大切なのは、それによって
数回は行動が生じることです。数回の行動が生じることで、その行動が自分にとって必要な
行動なのであれば、その中に多少なりとも「自然な強化が得られる」体験が見つかるでしょう
(掃除をした後は気持ちが良い、勉強すると理解ができる)。
確かに意図的な強化は準備する面倒がありますが、行動することで自然な強化に気がついてくると、
意図的な強化と自然な強化の相乗効果で、ぐっと行動が定着しやすくなります。
ですので、意図的な強化によって行動をしてみたら、その行動の中に自分にとってのうれしい
効果がないか、気にしながら取り組んでみると良いでしょう。
もし、自然な強化が得られなかったとしたら、その行動が本当に自分にとって必要なものか、
考え直すきっかけにもなることもあるかもしれません。
さて、皆さんも「意図的な強化」を遠慮なく使って、今年の抱負を設定してみましょう。
Lear Moreカップル間の要求/撤退パターン
カップルや夫婦、パートナーとの関係がうまくいかない。
パートナーのせいで負担を強いられている、という悩みを持ってカウンセリングに来られる方がいます。
夫婦関係の問題は非常に古く、古代ローマの時代から夫婦喧嘩を守護する女神が居て、
古代ローマ人の夫婦は、お互いに不満が溜まってくると、二人で女神の祠に向かったと言います。
その女神の祠には「女神の前ではどちらか片方ずつしか口を開いてはならない」というルールがあったのだそうです。
しかしこれは、昔の人間を知るほのぼのとした逸話というよりは、それくらい古くからパートナー関係の維持は困難で、
人生の悩みの主題となり続けてきたことを示しているのでしょう。
最近の研究の結果としても、結婚一年目をピークにして、パートナー関係は歳を追うごとに、
残念ながら、基本的には悪化していくことがわかっています。
そこで近年、「カップル間の要求/撤退パターン」というパートナー関係のある悪循環に焦点を当てた
カウンセリングが注目されています。
カップル間の要求/撤退パターン
夫婦関係の研究では古くからよく知られた現象で、カップルの一方が他方に強く要求・批判し
もう一方がそこから守りに入ったり引き下がるというコミュニケーションのパターンのこと。
(三田村研究室 X @Mitamura_Lab より引用)
上の三田村研究室での一連のポストをお読みいただいた方が早いのですが、カップルが男女であった場合、
女性が要求側、男性が撤退側になることが多いことが、古くから確かめられてきたと言います
(それがどうしてなのかなど、こういったことが色々ポストされていて、学びになる上に
とても興味深いのでフォローおすすめ)。
いずれにせよ、このパターンが繰り返されていくと、次第に関係性が悪化していくという典型的な流れがあるようです。
さて、そこで関係性を改善していくために大切なのは、カップルの中でこのような構図ができていることは、
純粋にどちらか一方が「要求や批判ばかりで悪い」あるいは「逃げてばかりの態度が悪い」
ということではないと言うことです。
あくまで二人の関係性であって、そこに「どちらが悪い」は存在しないと言うことです。
全く異なる2つの態度ですがそこには1つの共通点があり、ある意味では二人で一緒に、その関係性を作っています。
その共通点とは、相手の表面的な感情に翻弄されていることです。
これまでの研究で分かってきていることは、カップルの関係性を改善していくときに、
どちらか一方だけが変化する、または「こういうルール作ってそれを守りましょう」、ということは
根本的な解決にはならず、お互いの内面、「本当はどういう気持ちがあったのか」ということをお互いに気が付き、
自然に相手への思いやりが浮かぶような関係性を構築することです。
お互いを見るときに、怒っているけどそれはどうしてだったのか、その背後にはどんな気持ちがあるのか。
黙っているけどその背後にはどんな気持ちがあるのか、そこに目を向けてみましょう。
「怒り」「無感情」とは全く違った気持ちが、そこにはあるのかもしれません。
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