メタ認知療法③
前回の続きからですが、心配事を繰り返し考えることだけにすっかり捉われてしまっている
状態(CAS)から、いかにして心配事とは適度な距離を取って捉われることなく付き合える
ようになる(DM)か、そのためのワークのほんのいくつかをご紹介しましょう。
「ワークを始める準備」
心配は常にあって、そこには始まるきっかけなどないように感じるかもしれませんが、
ほんのちょっとした些細な事であってもそこにはきっかけがあるはずです。
まずそのきっかけを探してみましょう。
「心配先延ばし実験」
「心配は自分にはどうにもできない」というメタ認知的信念に挑戦してみましょう。
心配をして良い時間を、毎日家と職場までの道のりを歩いている時だけ、もしくは
その日のお風呂に入ている間の15分だけ、と決めましょう。
もし、心配が始まるきっかけに出くわしたら、そのまま心配を始めるのではなく
決めた時間までは心配を先延ばしするようにしましょう。もちろん、決めた時間内で
あれば、好きなだけ心配をして構いません。
「注意訓練」
心配に捉われる状態である「自己注目」から抜け出すために、
注目=注意を自分の意思で切り替えられるようになるためのトレーニングを行います。
このトレーニングは以下のステップで構成されています。
①選択的注意
今周りで聞こえる音に注意をむけます。沢山の音の中で、1分おきに何か特定の音
(自分にとって特別な意味を持たない音が望ましい)に注意を向け直していきます(6分間)。
②注意の転換
20秒ごとに、注意を向ける音を変化させていく練習です(6分間)。
③注意の分割
聞こえてくる物音全てに注意をむけます(3分間)。
上記ステップを通して、捉われることのない注意、柔軟な注意を身につけていきます。
この時大事なのは「ネガティブ思考が出てこないようにする」ことではなく
「ネガティブ思考が出てきても,別の集中したいことに集中できるようになる」ことだと
言われています。
つまり、ネガティブ思考をムリヤリ抑え込もうとするのとは違いますよ、と言うことです。
これは非常に大切で、ネガティブ思考が出てきて困っている時に、思考を抑えたくて注意訓練を
やるのではなく、普段から心を整えるための方法として取り入れていくことが大切ということです。
注意訓練に関しては注意を向ける音を提供してくれる動画がYouTube
(https://www.youtube.com/watch?v=PM1qWHKkpdA)に上げられていたりします。
そのようなものを活用してみても良いかもしれません。
参考文献:
今井正司 & 今井千鶴子. (2011). メタ認知療法 (< 特集> 認知/行動療法). 心身医学, 51(12), 1098-1104.
メタ認知療法②
今回は、前回と大体同じ話を少し難しい専門用語を使いながら説明しています。
メタ認知というのは自分の考え方に対する考え方で、自分の考え方に対する信念を
「メタ認知的信念」と呼びます。
心配をやめられない人の場合、「心配していることを考え続けることで良い結果が生まれる」
という信念と、「心配し始めたら止められない、自分にはどうにもできない」という信念を両方
持っているために、何か不安なことがると心配を始めてそれを止められない悪循環に
自ら入り込んでしまいます。
このように、自分の頭の中のこと(心配)に注目し過ぎるのが「自己注目」です。
自己注目を繰り返すことで、「認知注意症候群(Cognitive Attentional Syndrome :CAS)」
不安とうつを維持し、持続させる中核的な役割を担っていると考えます。
「CAS」の症状は、主に以下の3つの特徴を有しています。
①注意バイアス
:心配しているもの、不安に感じている事柄に過剰に注意を向けてしまうこと
②反復的思考
:何をしている時でも常に心配事を考え続けてしまう
③症状を悪化させるだけの対処行動
:問題に直面するのを避ける回避行動や、思考抑制(無理やり考えるのを抑えようする。
かえって心配や反芻が強まることが多い)
「CAS」上記の特徴を通して、メンタル症状を維持させたり、場合によってはさらに悪化させたりします。
一方で、「CAS」とは対照的な状態が「距離を置いた注意深さ(Detached Minfulness :DM)」です。
言葉の通りですが、「CAS」が言わば心配事などの自分の内の部分に過剰に注意が向いてしまって、
それにすっかり捉われてしまっている状態であるとしたら、「DM」はそのようなうちの部分とは適度な
距離を取って、適度に関心をむけつつ、しかしそれに捉われてしまうことなく幅広く外にも意識を向け
変えることが出来る状態と言えるでしょう。
大雑把に言うと、メタ認知療法の目的は、心配事を繰り返し考えることだけにすっかり捉われてしまって
いる状態(CAS)から、心配事とは適度な距離を取って、捉われることなく付き合えるようになる(DM)ことです。
では、どうやったらそのようなことが出来るのでしょうか?
いくつかのワークを紹介できたらと思いますが、また次回、3回目に続きます。
Lear More心配とメタ認知 メタ認知療法①
コロナウィルス感染拡大を防止するため、日常生活に様々な制限が加えられるようになって
もう3年目となりました。感染拡大が落ち着かない中で、ロシアによるウクライナ侵攻という
大きなニュースが連日報道されるようになりました。
このような世の中で、心配するなという方が無理な話かもしれませんが、
心配というのはとても辛いものです。
心配事は私たちが起きてから眠りにつくまで四六時中頭の中に付きまとい、
あれが片付いたら今度はこっちと、尽きることが無いように感じます。
さて、最近では「メタ認知」という言葉がよく話題に上がります。
お聞きになったことがある方もおられるかもしれません。
「メタ認知」について、心理療法の世界では「メタ認知療法」というアプローチが
2010年前後から注目されるようになりました。「認知」というのは私たち人間が
普段生活している中で頭の中に浮かぶ様々な考えや考え方で、1日のなかでも膨大な数の
認知が私たちの頭の中に生まれては消えていきます。
「メタ認知」というのは、ちょっとややこしいですが、そういった自分の考えや考え方に
関する考え方、ということになります。
「今はこれを考えないとダメなんだ」「恐れている事態を避けるためには考えなければ
いけない」など、自分が考えること自体について何かしら考えることを言います。
心配している内容それ自体については、それがどんな恐ろしい結末になりそうか、
恐ろしい結末を避けるためにどんな対処をするべきかなどなど、私たちは毎日十分に
考えているでしょう。
ではちょっと視点を変えてみて、そんな風に「心配事を考え続ける」ことの
メリットについて考えてみたことはあるでしょうか?
心配がやめられない私たちは、「心配事を考えていけば何か事態をマシにするような
解決策が出てくるはず」「心配事を考え続けた方が恐れていることを避けられる」といった
信念を心のどこかにもっていると言われています。
そのために何か不安になる度に、まるで当たり前のように心配を始めるのですが、
心配を続けると恐れているようなマイナスな予測ばかりに過剰に意識が向いてしまって、
ネガティブな精神状態がどんどんエスカレートしてしまう悪循環に捉われてしまいます。
これまでに、心配している事柄については、もう十分に考え続け、心配し続けてきたのでは
ないでしょうか。
もしそれで気分が改善されないのであれば、今度は少し視点を変えて、
「こんな風に必ず心配するけど、自分が心配する(という手段をいつも使う)ことの
メリットって何かあるだろうか?」と、自分のメタ認知に焦点を当ててみましょう。
Lear More「不安な時の注意の切り替えトレーニングをしてみましょう」
昨年下旬に一旦落ち着いたかに見えたコロナウィルス感染拡大ですが、
年明けにはオミクロン株の急拡大を受けて、またも生活に大きな制限が加わるようになりました。
不安と言うのは、自分への何らかの危険やリスクを予想した際に生じる感情で、
対象が明確な場合は恐怖、不明確で曖昧な時に感じるのが不安だと言われています。
今やだれもこの先の状況についての明確な予測が立たず、そういう意味でもまさに
不安な世の中にあると思います。
さて、不安と言うのは一度出てくるとなかなか取り払うことが出来ないものです。
基本的には今考えても仕方がないようなことなので、考えないようにしたいものですが
そのように思えば思うほど、そのことばかりが頭の中を占めてしまうとても厄介なものです。
注意(意識)が不安に思っている事柄にばかり集中してしまって、そこから切り替えることが
出来ないのです。
そのような時には、注意の切り替えトレーニングを行ってみましょう。
認知行動療法で不安に対処するときに用いられるテクニックの一つで、以下のような流れで行います。
① まず1分間、頭の中であえて不安に思っていることをじっと考え続ける。
② 次の1分間、意識を目の前の景色に移す。気に入っている絵や、聞こえてくる音でも良い。
景色のどこに何があるか、どんな音でどこで何が出す音か、誰かに詳しく説明できるくらいに
注意を向けて観察する。
③ ①に戻る。
これを2往復ほど繰り返してみましょう。
上手くいかなければ、切り替える刺激を工夫してみましょう。
お茶の香りや、飲んでみた味、音楽などでも良いかもしれません。
注意を切り替えると言うのは言葉ほど簡単なことではありませんし、不安はどうしたって無くなることは
ありません。しかし上記を繰り返していくことで、少しずつ注意の切り替えになれていくことができます。
ちょっとしたスキルを身につけるためのトレーニングと思って、繰り返し試してみましょう。
Lear More自律神経の働きを理解してストレスと向き合おう ~「ポリヴェーガル理論」とは
ストレスに関連して、自律神経の話を耳にすることがよくあると思います。
ポリヴェーガル理論という言葉を聞いたことがありますか?
もともと自律神経系には、交感神経と副交感神経があるというのは良く知られていて
緊張状態の時には交感神経が、リラックス状態の時は副交感神経が優位になってバランスを
とるという話を聞いたことがあるかと思います。
副交感神経を代表する神経に迷走神経というのがあるのですが、実はこの迷走神経には
背側迷走神経と腹側迷走神経の2種類があって、ストレスに直面したときに、これらと
交感神経を合わせた3つの神経のうちのどれが活性化して対応を担うかと言うのは、
そのときのストレスの脅威度によって変わる、と言うのが、ポリヴェーガル理論の概要です。
ストレスへの対処策の一つは、いわゆる「闘争逃走反応」と呼ばれるもので、敵が目前に
現れた時に、生存率を上げるために敵から一目散に逃げて距離をとるか、向き合って攻撃する
ことで脅威に対処しようと言う反応です。これを担っているのが交感神経です。
これよりもさらに差し迫った命の危険が生じた際に生じるのが背側迷走神経の担う
「フリーズ反応」です。これは動物であれば仮死状態とも言えるもので、あまりにも圧倒的な
脅威にさらされた際にフリーズすることで少しでも生存率を上げるために生じる反応だとされています。
人間でもあまりにも驚異的で対処のしようの無い状況に曝された時には、身体が凍り付いたように
動けなくなることがあります。
最後の腹側迷走神経が担っているのは、とりわけ人間がたった一人では自然界で生き抜くことが
出来ないからこそ発達させてきた、いわば集団で守り合い他者と支え合いながら生き抜く対処策であり
「社会的関わりシステム」と呼ばれるものです。
「闘争逃走反応」に見られるように、他者が近づき過ぎるのは危険と反応するのが動物の本能で
別の個体が近づくと交感神経が働き緊張するのがものなのですが、社会的関わりシステムは
別の個体が近づいた時に生じる交感神経の興奮を抑制する働きがあるといわれます。
他人が近づいても「安心しても大丈夫」と自分に思わせ、相手に対してもそう思わせるような
働きをすると言うことです。
これら3つの反応のどれでストレスに対処するかは、認知された脅威度によって変わると言われており
最も高次な社会的関わりシステムが有効に機能している状態にあることで、味方である他者が
近くにいても安心し合えて、過度に攻撃的になったり、過度に逃避的になったり、フリーズしたりせずに
周りの人と協力をしながらストレスに対処することができるようになると言われています。
現在、あなたがストレスに曝されているとしたら、今の自分の状態がどの神経が優位か考えてみましょう。
「闘争逃走反応」の状態でしょうか? それとも極限の「フリーズ反応」でしょうか?
それらの反応はあまりにも長く続くと心身ともに疲れ果ててしまいます。
「社会的関わりシステム」に自分の状態を位置づけるためには、環境の変化や根本的な問題解決が
必要になる場合もありますが、マインドフルネスや、コンパッションによるアプローチも試みられています。
1日の内に優位な神経系が変化することもあると思います。自分で観察してみるのも良いかもしれません。
参考文献:
花澤寿 (2019). ポリヴェーガル理論からみた精神療法について. 千葉大学教育学部研究紀要, 67, 329-337.
